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4年半ぶりに『映画シティーハンター天使の涙』が公開され、さっそく視聴してみた。
結論から言うと、個人的評価はいまいち。
たしかに、キャッツアイ三姉妹との競演や馴染みの音楽は満足できる。しかし、前作『映画シティーハンター 新宿プライベート・アイズ』と比べると、圧倒的に前作の方が面白かった。というのも、『映画シティーハンター天使の涙』はどうしても盛り込まれていて欲しい要素が足りないからだ。
今回は、『映画シティーハンター天使の涙』について語らせていただく。
目次
『映画シティーハンター天使の涙』感想
『 新宿プライベート・アイズ』にあって『天使の涙』に足りないもの
ファンならご存じのとおり、シティーハンターはつっこみどころが満載すぎて、ストーリーに集中できないとこがある。街を破壊しすぎだし、裏稼業とか言っていながらめちゃくちゃ目立っている。
とういうのも、シティーハンターは作品全体を通して、登場人物のせつない心や愛が丁寧に描かれており、それが号泣もんなのである。つっこみどころなんてどうでもよくなるのだ。
そして、その心の描写こそ、私がシティーハンターという作品に期待するものである。ようは、ホロっと泣かせてほしいのだ。往年のシティーハンターファンも同じような気持ちではなかろうか。
その期待、前作、劇場版シティーハンター <新宿プライベート・アイズ>は、見事応えてくれた。
視聴したファンならわかると思うが、最後のシーン、ウェディングドレス姿の槇村香の写真をみて、冴羽獠が放つ一言「やっぱいつもと変わんねぇなあ」がそれだ。冴羽獠が槇村香を想う気持ちに目頭が熱くなる、そして同時に流れる「Get Wild」のかっこよさ。さすがの演出。
このワンシーンで、その前までのつっこみどころがどうでもよくなるのである。それがシティーハンターの面白さなのだ。
しかしながら、今作でも救われた箇所がある。それは原作者北条司先生のコメントを読むとわかる。パンフレットから抜粋してみよう。
ただ、当初の脚本では香の「獠は死なないわ」というセリフが宙に浮いてしまっている感じがしたので、わがままを言って最後に獠の「俺は死なない」のシーンを追加してもらいました。香のセリフに対する獠のアンサーがないと、収まりが悪い気がしたので。
劇場版シティーハンター <天使の涙>パンプレット(P17)
さすが北条司先生、ファンの気持ちをわかっていらっしゃる。
北条司先生のコメントはラストシーンの話だが、おっしゃるとおりで冴羽獠と槇村香のお互いを想う気持ちがきちんと描写されていないとシティーハンターという作品は、シティーハンターらしさをなくしてしまう気がする。
そして、北条司先生がこのような指摘したということは、制作者側はシティーハンターらしさに気づいていなかったように思える。その点は逆に驚きだ。任せていいのか?
『映画シティーハンター天使の涙』の内容、この2つはいただけない
さて今回の「映画シティーハンター天使の涙」だが、なんだかストーリーがよくわからないものになっている気がする。その原因は、次の2つにあると思われる。
①人物の心の描写が弱い
②エンジェルダスト最新版(ADM)の扱い
①人物の心の描写が弱い
とくに、ヒロインのアンジーVS元仲間のピラルクーとエスパーダ、クライマックスのアンジーVS冴羽獠の戦いは、それがどれだけ切ないものであるかをわからせるために、じゅうぶんな心の描写が必要だったと思う。ここはアクションシーンを削ってでも回想シーンを増やして、アンジーとピラルクーとエスパーダの関係、アンジーと海原神との関係をしっかり描いていただきたかった。
実際は、アンジーの過去が少しだけ回想シーンで描かれていただけだった。残念に思う。
②エンジェルダスト最新版(ADM)の扱い
ADMはやばすぎる薬なのである。
ストーリーは、冴羽獠、海坊主、キャッツアイと謎の人物(=アンジー)がADMを盗もうとするところから始まる。ADMはその後、つぎのような順で人の手を渡っていく。
①最初は盗みに成功したアンジーが持っている
②アンジーは冴羽獠に渡す
③ピラルクーとエスパーダが冴羽獠からADM奪う
④冴羽獠がピラルクーとエスパーダからADMを奪い返す
⑤冴羽獠はADMをアンジーに返す
⑥アンジーは組織から攻撃され、ADMを海に落とす
⑦海原神が夜の海に落ちたADMを拾う
このような経過を経て、最終的に海原神の手にADMが渡ったのである。その後、ストーリーは概ね次のように展開する。
⑧海原神は弾丸にADMを込め、アンジーめがけて撃つ。
⑨ADMを打たれ最強戦士と化したアンジーと冴羽獠の戦いが始まる。
⑩アンジーと冴羽獠の戦いが決着。(冴羽獠が勝つ、アンジー死す)
⑪戦いを遠く船上で見届けた海原神は、ADMを海に捨てる。
このように時系列で並べてみると、疑問が沸くところがある。
例えば、①の段階でアンジーがADMを壊して入れば、⑩でのアンジーの死はなかったように思える。②の段階で、冴羽獠がADMを壊していれば、海原神によって、アンジーに撃たれることはなかったのである。アンジーも冴羽獠も、ADMはやばい薬と自覚しておきながら、手元にある段階で破壊していない。しかも、冴羽獠はADMをピラルクーとエスパーダに奪われ、取り返すために余計な戦闘を余儀なくされている。その戦闘で、公共施設は破壊されまくりなのだ。それでいいのか?
こういうへんな疑問が沸くのが、シティーハンターという作品のつっこみどころなのだ。しかしながら、人物の心理描写が巧すぎて泣けるため、さまざまな懸念点はどうでもよくなり許せるのである。
ところが今作品は、その心の描写が弱かったので、まったく泣けなかった。
それだけではない。⑪で海原神がADMを捨ててしまったのである。私はこの瞬間にストーリーがわからなくなった。
・ここまでして手に入れたのに、なぜ捨てるのか? 意味がわからん。
・ここでADMを捨てるなら、今までの戦いはなんだったのか? 死んだ人は無駄死にだ。
なお、海原がADMを捨てた理由は、映画のパンフレットで確認した。非常にわかりづらい理由だった。むしろ、それが理由なら、やはりアンジーの過去や心理を丁寧に描写しておくべきだったと思う。
以上、この2点が原因で、「映画シティーハンター天使の涙」の評価はいまいちとなってしまった。
『映画シティーハンター天使の涙』感想:まとめ
しかしながら、救われるのは、「映画シティーハンター天使の涙」には続編があると思われることである。制作者側も序章と言ってるくらいだから、まあ続編はあるだろう。
最終章では海原神と戦うわけだし、冴羽獠と槇村香のあのシーンも見られるかもしれないわけだ。熱くなること間違いなし、絶対泣けるに決まっている。クライマックスが先にあるなら、序章の今回のいまいち感はしょうがないのかもしれない。
さんざんこき下ろしてしまったが、それでも私はおすすめしたい。北条司先生の描きおろしと思われる色紙はめちゃくちゃ貰えて嬉しかった。
ストーリーはまだまだ続きがある、最終章で熱くなるためにも、絶対に視聴しておこう。